妊娠は複雑なステップを経て成立するのですが、その中の一つでもうまくいかないと妊娠できません。不妊で悩む患者さんの中には、病院で検査をしてもはっきりした原因がわからない「原因不明」とされる方も少なくありませんが、その中には「受精障害」が隠れている方もいます。
現状最も妊娠の可能性が高いとされる治療である「体外受精」ですが、その治療の過程で初めて受精障害が判明することがあります。
では、その受精障害とは何でしょうか。今回はその原因や治療、改善方法について説明します。
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受精障害とは
受精障害とは「精子と卵子がいるにも関わらず、受精しないこと」です。
通常、精子が卵子の外側の細胞(卵丘細胞)を通過すると「先体反応」というものが起こり、活性化した精子が卵子の透明帯に接着、貫通して受精が起こります。受精すると卵子の細胞質の中でカルシウムイオンの変化が起きます(卵子活性化といいます)。これにより、卵子の減数分裂が再開し、他の精子が侵入することが阻止されます。この過程のどこかでエラーが起きるのが受精障害です。
通常体外受精では60-80%程度受精しますが、その確率が著しく低い、または全く受精しないことで受精障害と診断されます。受精障害のカップルは10%程度存在すると言われています。受精はお腹の中で起きることであるため、通常の検査では判明せず、体外受精を行って初めてわかることになります。
受精障害の原因【男性側】
WHOの精液検査の基準 ※WHOマニュアル(第5版)
精液量 |
1.5ml |
---|---|
総精子数 |
39×106 |
精子濃度 |
15×106/ml |
総運動率 |
40% |
前進運動率 |
32% |
生存精子率 |
58% |
正常形態率 |
4% |
※WHOマニュアル(第5版)
上記に基づき、精液検査の表現方法として
・乏精子症:総精子数が下限値以下
・無精子症:精液検査で精子がいない
・精子無力症:前進運動精子が下限値以下
・奇形精子症:正常形態率が基準の下限値以下
などがあります。
このWHOの基準は、自然妊娠した方の精液検査の下限値を基にしたデータです。実際に自然妊娠した時の精子の所見は、当然誰にも分りませんので、この数値以上であれば自然妊娠できる、あるいはこれを下回っていたら自然妊娠できないというわけではありません。
男性側の精子はその時期やストレスなどで大きく変わります。ただし、複数回検査して低い数字が続くようであれば、自然妊娠の可能性が低いと考えて積極的な治療を考えた方が良いでしょう。
上記を踏まえつつ、精液検査で分かる原因、わからない原因について解説します。
①数、運動率が低い
精子は膣内で射精された後、子宮頚管粘液を通過し、子宮、卵管を通ってその先の卵管膨大部で排卵した卵子と受精します。しかし、そもそもの数や運動率が低いと卵子までたどり着くことができず、受精する確率は大幅に下がります。
②抗精子抗体がある
男性側に自分の精子に対する抗体ができることで、精子の運動性が低下して子宮頚管粘液を通過できない、卵管内に進むことができない、などがあります。
また、卵子の透明帯を通過できない原因となることがあります。
③精子が卵子活性化を起こせない
通常、精子が透明帯を通過後すると、精子が卵子を活性化する因子を放出することで受精が起こります。その因子がうまく放出できなかったり、そもそもその因子がない等で卵を活性化できず受精が起こらないことがあります。
②、③に関しては精液検査ではわからないため、精液検査が正常でも一定の期間妊娠に至らなければ、男性側の原因も完全に否定はできないため、体外受精へのステップアップを検討した方が良いということになります。
受精障害の原因【女性側】
①透明帯の異常
卵子の透明帯が硬い、あるいは厚かったりすると、精子が卵子の透明帯を通過できず、受精することができません。
②卵子活性化の異常
精子が透明帯を通過した後、精子の持つ因子が卵子内に放出されると卵子が活性化し、受精が起きますが、その活性化が起きないことがあります。
③卵子が未熟であること
採卵し、得られた卵子が未熟だと、卵子自体に受精する能力がなく、受精できません。
いずれも原因ははっきりしないことが多いですが、年齢が上がるとともにその可能性が高くなる傾向があります。そのため、30代半ば以降や若くてもある程度の期間妊娠しない場合は積極的にステップアップを考えましょう。
受精障害の治療方法・改善方法
受精障害の場合、一般不妊治療(タイミング法や人工授精)での妊娠は難しいことが多く、前提として体外受精が必要になる可能性が高くなります。さらに、体外受精で受精障害が判明した場合、下記のような治療のステップがあります。
①成熟卵を増やす
受精は卵子が成熟していないと起きません。通常は卵胞が20mm前後で卵子が成熟する可能性が高いとされますが、個人差、周期による差があります。この場合は超音波や採血で適切なタイミングを見極めたり、トリガー(十分なサイズに成長した卵胞に対し、採卵のために最後の成熟を促す薬)の使用タイミングや内容を変えることで成熟卵が採れる可能性が高くなります。また、刺激を強くして採れる卵子の個数を増やすのを目指す方法もあります。
②顕微授精を行う
顕微授精とは、採卵で得られた卵子に、形や運動性が良好な精子を針で注入し受精させる方法です。ふりかけ法で受精しない場合に選択されます。透明帯が硬い、精子が卵子に侵入する力がない場合には顕微授精で受精する可能性が高いと考えられます。
③卵子活性化処理
顕微授精でも受精しない、受精するものの分割が停止する、あるいは複数の精子が受精するなど、卵子の活性化の障害が原因である場合があります。女性の年齢上昇に伴い卵子の質が低下することや、精子がうまく卵子の活性化を起こせないことなどによります。
上記の方には、カルシウムイオノフォア、ストロンチウム、電気刺激などを行うことで卵子の活性化を起こします。
関連リンク:https://www.matsumoto-ladies.com/medical-treatment/ivf-2/
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まとめ
今回は受精障害の原因や治療法について説明しました。
受精障害は不妊治療の一般的な検査ではわからず、中々妊娠しないために体外受精にステップアップして初めて分かった、ということが多くあります。予め診断することができず、治療法も基本的には体外受精しかないことを考えると、男女ともある程度の期間妊娠しない場合は、原因がなくても体外受精を考えた方が良いと言えるでしょう。